2016年1月16日(土)の午後に機械振興会館(東京都港区)で開催され、久しぶりのCPD(Continuing Professional Development:継続研鑽)中央講座に参加してきました。初めは120名定員の会議室で開催予定だったのが、申込者がいつもより多かったため200名まで入れるホールへ変更になったとのことです。水素エネルギーに関心のある技術士が非常に多いという事なのでしょう。
当日は3人の先生による講演でした。それぞれ簡単に講演内容を紹介しようと思います。
講演1「水素社会の現状と展望、水素製造と貯蔵・運搬について」
関根泰氏(早稲田大学先進工学部応用化学科教授、JST/CRDSフェロー(兼任))
関根先生の講演は、水素製造に関わる技術を全般的に説明する内容でした。配布資料には先生の専門である触媒技術に関するスライドも含まれていましたが、時間の制約のため技術的なデータについてはすべて割愛されてしまったのは残念でした。それでも、水素製造技術の全体像を俯瞰するには非常にうまくまとまった内容で、これを自分で調べてとなると、相当な労力になると思います。この日の参加料が二千円でこれだけの勉強ができるというのは、技術士になってよかったなとつくづく思います。
水素製造経路を1枚にまとめた図がありましたが、現状ではもちろん化石燃料由来の水素がほとんどです。そのうちアンモニア合成用に50%、石油精製用に35%、メタノール合成に9%が使われているとのことです。アンモニアの多くが肥料製造に使われていることを考えると、人類の食糧生産がそれなりに続けられるのはアンモニアを作ることができるためであり、まさに人類は石油を食べて生きているわけですね。
現在、水素エネルギーとして注目されている燃料電池の導入によるエネルギー量は、全体に占める割合がまだほんのわずかですが、先生の「千里の道も一歩から」との言葉に強く同意しました。化石燃料と比べてコストが高いから・・・という議論になりがちですが、我々のずっと先の世代のために今何をするべきか、50年後100年後の人類に「21世紀初頭の人類はよくぞこのような技術基盤を作ってくれたものだ」と言われるよう、我々は愚直にコツコツと技術開発を進めていかなければいけないのだと思います。私も技術屋の端くれとして、少しでも貢献できることをしていきたいと思います。
講演2「光触媒材料を用いた水分解による水素生成反応」
工藤昭彦氏(東京理科大学理学部第一部応用化学科教授)
光触媒の事を少しでも勉強したことがあれば、工藤先生の事を知らない人はいないはずです。この日の講演では光触媒による人工光合成の基本的な説明から、現在の研究開発の状況を先生の研究室の成果を中心に説明されました。
光触媒による水の完全分解の研究成果が報道されると、何かすぐにでも実用化されるのではと思われる人がたまにいるようですが、この日の講演で先生が話されていた通り、実用化はまだまだずっと先の話になります。これも「千里の道も一歩から」で、地道に研究開発を進めてほしいと思います。
この講演で、留意しなければいけないと説明があったのは、扱っている光触媒による水素生成が「uphill反応」(ギブスの自由エネルギー変化が正)なのか「downhill」反応(ギブズの自由エネルギー変化が負)なのかをまずは見極めないといけないという点でした。犠牲剤や還元剤を使用している反応系では、結果的に「downhill」反応になっているものがあるので注意しないといけないですね。さらに水素と酸素の生成比が定常的に2:1なのかどうかという点も留意の必要があるとのことです。加えて、量子収率と太陽エネルギー変換効率の計算についても説明がありました。このあたりの説明が正確でない論文が、「nature」や「science」にも掲載されてしまうことがあるという話でした。
光触媒による人口光合成がどこまで進展するのか、自分が生きている間はずっと注視していきたいと思います。ところで、酸化チタンの光触媒反応(本多-藤島効果)を見出した藤島昭先生は、ノーベル賞をいつかは取ることになるのでしょうか。
講演3「CO2フリー水素の導入構想と関連技術」
松本俊一氏(川崎重工業株式会社技術開発本部水素チェーン開発センター プロジェクト推進部水素エネルギー利用推進室 基幹職)
この講演は、豪州での褐炭から水素を作り、これを液化してタンカーで日本へ輸送するプロジェクトについての説明でした。演題にある「CO2フリー」とは、水素製造時に出てくるCO2をCCS(Carbon Capture and Storage)により地中へ貯蔵し、大気中にはCO2を放出しないという意味です。
豪州に埋蔵されている褐炭は、日本のエネルギー消費量の240年分あるそうですが、褐炭は水分が多く、乾燥すると発火してしまうため輸送が難しく、現地で発電に使うしかないそうです。
その様な褐炭を有効利用しようという視点はいいのでしょうが、水素を取り出して出てきたCO2をCCSで地中に貯蔵するという事が本当に望ましいのか、私は個人的に考え込んでしまいます。ここは様々な議論があるところだと思います。CCS技術はわが故郷・北海道でも苫小牧沖で技術検証を進めているところです。貯蔵した後の超長期間の検証をどうするかは難しいところです。
川崎重工の水素液化・貯蔵技術は、ロケット燃料等のために培われてきたものです。貯蔵時の「ボイルオフ」もかなり抑えられている様です。しかし、講演の後の会場からの質問に有ったように、液化するときのエネルギーロス、そして豪州から日本への輸送時のエネルギーロス等を含めると、トータルではかなりのエネルギーロス(メモするのを忘れていましたが、水素が持つエネルギーの4割位?)があるとのことです。
少し話は横道にそれますが、燃料電池自動車の水素タンクの水素貯蔵圧を35MPaにするか70MPaへ上げるかでかなり議論があったと聞いています。70MPaへ昇圧する時のエネルギーロスを懸念した35MPa派が最後に折れたようですが、将来水素ステーションの数が多くなったり、燃料電池のエネルギー効率が向上したりした時には、70MPaまで水素を入れなくても良いかもしれません。水素を大量に効率よく貯蔵できる物質が将来できるかもしれません。
この川崎重工の「褐炭由来水素+CCS技術+液化水素」技術と、千代田化工などの「再生可能エネルギー由来水素+有機ハイドライド」技術がどのように進展していくのでしょうか。再生可能エネルギーベースで作った水素を液化し(液化のためのエネルギーは、再エネを直接使うか、得られた再エネ由来水素を使う)、輸送するのが理想かもしれませんが、今後どのように進んでいくか注視していきたいと思います。